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福岡高等裁判所 昭和42年(ネ)99号 判決 1967年7月19日

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、一審原告(反訴被告)の請求はこれを棄却する。

三、反訴原告(一審被告)と反訴被告(一審原告)とを離婚する。

四、反訴原告(一審被告)と反訴被告(一審原告)間に出生した長女マリ(昭和三四年一二月一日生)の親権者を反訴原告(一審被告)と定める。

五、反訴被告(一審原告)は反訴原告(一審被告)に対し金四〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三七年一一月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

六、反訴被告(一審原告)は反訴原告(一審被告)に対し金一〇〇、〇〇〇円を支払え。

七、反訴原告(一審被告)の反訴請求中、婚姻費用の分担および扶養料の支払を求める部分はこれを却下する。

八、反訴原告(一審被告)のその余の請求はこれを棄却する。

九、訴訟費用は一、二審とも本訴、反訴を通じてこれを五分し、その三を一審原告(反訴被告)の負担、その余を一審被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立

一  一審原告(反訴被告、以下単に一審原告という)は、

「(1) 原判決中一審原告敗訴の部分を取消す。

(2) 一審原告と一審被告(反訴原告、以下単に一審被告という)とを離婚する。

(3) 一審原告と一審被告間に出生した長女マリ(昭和三四年一二月一日生)の親権者並びに監護者を一審原告と定める。

(4) 一審被告の反訴請求を棄却する。

(5) 訴訟費用は一、二審とも本訴、反訴を通じて全部一審被告の負担とする。」

との判決並びに反訴について一審原告敗訴の場合は担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、

なお一審被告の本件控訴および当審における新請求について、

「(6) 一審被告の本件控訴を棄却する。

(7) 一審被告の新請求を棄却する。」

二  一審被告は、

「(1) 原判決を次のとおり変更する。

(2) 一審被告と一審原告とを離婚する。

(3) 一審被告と一審原告間に出生した長女マリ(昭和三四年一二月一日生)の親権者を一審被告と定める。

(4) 一審原告は一審被告に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三七年一一月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(5) 一審原告は一審被告に対し金二九〇、〇〇〇円を支払え。

(6) 一審原告は一審被告に対し金三八五、〇〇〇円と昭和三七年一月一日から本裁判確定の月まで一ケ月金一六、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(7) 一審原告は一審被告に対し本裁判確定の翌月から昭和五〇年三月までは一ケ月金二二、〇〇〇円、同年四月から長女マリが大学を卒業するまでは一ケ月金三〇、〇〇〇円の各割合による金員を支払え。

(8) 訴訟費用は一、二審とも本訴、反訴を通じて全部一審原告の負担とする。」

との判決並びに右(4)項については担保を条件とし、(5)(6)(7)項については無担保で仮執行の宣言を求め、

なお一審原告の本件控訴については棄却の判決を求めた。

第二、当事者双方の事実上の主張

次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。ただし、原判決三枚目裏四行目に「合計金三〇〇、〇〇〇円余」とあるのを「合計金三三五、〇〇〇円」に、五枚目裏九行目以下に「月額金二七、〇〇〇円ないし二八、〇〇〇円であり、これによつて生活を支えていた。」とあるのを「月額金三五、〇〇〇円位あつたが、一審被告は一審原告より生活費、医療費その他雑費を含めて金二〇、〇〇〇円以下でやれと命ぜられ、そのうちから世帯道具も不足品は購入しなけらばならず、生活は極めて困難であつた。」と訂正する。

一  一審原告は、「一審被告は保険料支払のため家計に窮し最低生活さえできなかつたと主張するが、保険料を一審原告の母のもとに送金したのは、昭和三三年一一月以降わずかに四ケ月に過ぎない。保険のことで問題を生じたのは、一審被告が保険金受取人の名義を従来の者より自己名義に変更するよう強く要求した点にある。」と述べた。

二  一審被告は、

「(一) 一審被告は昭和三六年五月長女マリを伴つて実家に帰つたが、それ以前昭和三三年一一月から昭和三六年四月まで夫婦としての同居期間中は、勿論夫たる一審原告において生活費、医療費、その他雑費等全額を支出すべき義務があるにかかわらず、一審原告はこれを支出せずしてその母のもとに送つたから、一審被告はやむを得ず自己の持参金二一〇、〇〇〇円を消費し、また一審被告の母庄野八重から合計して一七五、〇〇〇円に達する金品の送付を受け、生活を維持しなければならなかつた。そこで、右合計金三八五、〇〇〇円は一審原告において負担すべき婚姻費用を一審被告が代つて支出していることになるから、その支払を求める。

(二) 一審被告は実家に戻つてしばらく父母の庇護のもとに暮していたが、昭和三七年一月上京して東京都北多摩郡狛江町立狛江中学校に勤務するようになつた。当初の四ケ月間は英語非常勤講師として月給約一〇、〇〇〇円、同年五月からは英語教諭として月給約二〇、〇〇〇円および期末手当等夏冬併せて七四、〇〇〇円の支給を受けているが、一審被告はこのような薄給のもとに長女マリを養育しているところ、マリは生来虚弱で消化不良、中耳炎、結膜炎、脱臼などで引続き医療を要することが多く、余分な出費を余儀なくされるばかりでなく、現在は小学校(昭和四一年四月入学)であるが、幼稚園に入園の頃からバイオリン、バレー等の練習を続けており、そのため昭和三七年一月頃は一ケ月金一二、〇〇〇円、幼稚園当時は一ケ月金二〇、〇〇〇円、現在は一ケ月金二六、〇〇〇円の養育費を要するに至つている。ところで一方、一審原告は昭和三七年頃年間の俸給賞与を併せて合計金八四〇、〇〇〇円の収入があり、その後も順調に昇給を続け、その収入によつて土地家屋を買入れるなど裕福な生活を送つている。とすれば、一審被告は昭和四〇年一月頃からアルバイトにより毎月約二〇、〇〇〇円の副収入を得るようになつているが、なお一審原告は一審被告の倍額以上の収入を得ているのであるから、諸般の事情を考慮しても、一審原告は長女マリの養育費中少くともその三分の二(すなわち一審被告において三分の一)を負担すべきものである。そして物価は年々上昇している傾向にあるから、一審被告は一審原告に対し長女マリの扶養料として、前記昭和三七年一月一日から本裁判確定まで一ケ月金一六、〇〇〇円の割合による金員の支払を求める。

(三) 次に、一審被告は本離婚裁判の確定後も右マリを監護養育し、その成長に伴い中学校、高等学校、更には大学まで進学させて一人前の人間として恥しからぬ知識技術を習得させるつもりであるが、それに伴つてより多くの生活費、教育費、その他の雑費を要するであろうことはいうまでもない。そこで前記当事者双方の収入、物価の上昇など諸般の事情を考慮し、一審被告は一審原告に対し、本裁判確定の翌月から長女マリが高等学校を卒業すべき昭和五〇年三月まで一ケ月金二二、〇〇〇円の割合、同年四月から右マリが大学を卒業するまで一ケ月金三〇、〇〇〇円の割合で扶養料の支払を求める。

(四) 更に、一審被告は民法第七七一条、第七六八条に基き離婚に際し財産分与の請求をするものである。一審被告は前記のように約二九ケ月間一審原告と同居して生活したが、その間一審原告および長女マリの世話は勿論、家事一切を単独で処理していたので、一審原告は安心して勤務に従事し得たものであり、もし一審被告の協力がなかつたならば、家政婦等を雇入れ一ケ月少なくとも一五、〇〇〇円の給料を支払わねばならなかつたのであるから、一審原告は一審被告の協力によつて、その二九ケ月分金四三五、〇〇〇円の支払を免かれていることになる。その他、夫婦として同居中、蚊張、ミシン、天火、電気掃除機、電気ストーブ、敷物など合計一五〇、〇〇〇円に達する家庭用品を協力して買受けているので、以上合計五八五、〇〇〇円のうち、おおよそ半額の金二九〇、〇〇〇円は一審被告において財産分与を受くべき権利があるものと考える。」

と述べた。

第三、証拠関係(省略)

理由

第一  一審原告の本訴請求について

当裁判所は一審原告の本訴請求を理由がないものと判断する。

そしてその理由は、

(1)  原判決一〇枚目表六行目から裏四行目までを、「前示甲第一号証、方式および趣旨により真正な公文書と認める甲第六号証の一ないし八、第八号証の三、第一六号証、第一七号証の一ないし三、第一八号証、当審証人落合定子の証言により真正に成立したと認める乙第一〇、第一一、第一四号証の各一、二、原審における一審原告本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第二、第三、第一三号証の各一、二、原審および当審における一審被告本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第一四号証の一、二、乙第三号証、第七号証の一ないし三、第一二号証、第一三、第一五号証の各一、二、第一九号証の一ないし三、原審の佐世保防備隊に対する調査嘱託の結果、原審証人山口久一(第一、二回)、同浜田久代、同山口幸代、当審証人庄野直隆、原審および当審証人落合定子、同小林和美(原審は第一、二回)、同庄野八重(原審は第一、二回)の各証言、原審および当審における一審原告、一審被告各本人尋問の結果(ただし、右山口久一、山口幸代、落合定子、一審原告および一審被告については後記信用しない部分を除く)ならびに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実を認めることができる。」と、

(2)  一一枚目表六行目に「金一五、〇〇〇円ないし金二〇、〇〇〇円程度」とあるのを、「金三〇、〇〇〇円程度」と、

(3)  一一枚目表末行から裏三行目までを、「金五、〇〇〇円、特に昭和三四年一月には金二三、〇〇〇円余を保険料の支払(いずれも保険契約者が一審原告、被保険者は一審原告およびその母各一口、一審原告の叔父二口、保険金受取人は被保険者一審原告の分がその母、その余は一審原告となつている計四口の保険)などのため送金させ、これを除いてすべての家計を金二〇、〇〇」と、

(4)  一二枚目表六行目に「現金約二〇〇、〇〇〇円の大半を」とあるのを、「現金約二一〇、〇〇〇円の一部も」と、

(5)  一四枚目表六行目から七行目に「金三〇〇、〇〇〇円程」とあるのを、「金三三五、〇〇〇円程」と、

(6)  一四枚目裏七行目の「右認定に反する」以下九行目の「供述部分」までを、「右認定に反する前記山口久一、山口幸代、落合定子、一審原告および一審被告の各供述部分」と、

(7)  一五枚目裏一行目の「原告の立場」以下二行目までを、「一審原告の前記のような立場に対する思いやりに欠け、一審原告またはその母の言動に対し結婚の当初から事毎に批判的であり、自己の思うところを遠慮なく主張して、更に一層一審原告の暴行狼藉を誘発したような点など、責めらるべきものがあるとしても」と、

(8)  同五行目の「結婚生活」を「婚姻生活の破綻」と各訂正するほか、

原判決の理由と同一であるからこれを引用する。

第二  一審被告の反訴請求について

一  離婚請求について

当裁判所は一審被告の反訴中離婚を求める部分は、これを認容すべきものと判断するが、その理由は原判決と同一であるからその記載を引用する。

二  親権者の指定について

その方式および趣旨により真正な公文書と認める乙第一号証の二ないし五、第二号証の一、第一七号証、第二〇号証の一、二、第二一号証の一ないし五、前掲証人庄野八重、同庄野直隆の各証言、一審原告および一審被告各本人尋問の結果によれば先ず一審原告は昭和三六年五月一審被告と別居するようになつて以来、約六年間長女マリとも離れ離れの状況にあるが、親としてマリの将来については深い関心を有し、なおも同女を手許に引取つて自ら監護養育に当りたいとの希望を捨てておらず、またその後昇進して三等海佐の地位にあり、俸給賞与を併せて約年間一、二〇〇、〇〇〇円の収入で、郷里唐津市に住宅を建設して、現在経済的には安定しているとみられるが、その間海上自衛官であるところから、佐世保、下関、対馬、由良と転勤しており、必ずしもその子を自ら直接養育し得る環境にないこと、他方、一審被告もマリに対しては深い愛情を有し、自活を図るため昭和三七年一月単身上京して同三八年一一月同女を呼び寄せるまで約一年一〇ケ月を除いて、常にこれを膝下において養育に当り、特に同女が病弱であつたところからその保健について十分注意を払つているほか、幼稚園の頃からバイオリン、バレーの教習に通わせるなど情操面の教育にも配慮し、現在一審原告と同居中の父母庄野直隆、同八重とともに協力して、小学生二年生である右マリの成長を見守つていること、そして一審被告は肩書地に住居を確保し、現在東京都小金井市立東中学校に教諭として勤務し、月額金四五、〇〇〇円位の給料のほか金二三、〇〇〇円程度の副収入を得て、生活も一応安定していることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

これ等の事実に、さきに認定した本件離婚に至る経緯など諸般の事情を綜合勘案すると、当裁判所もまた長女マリの親権者には一審被告を指定するのが相当であると認める。

三  慰藉料の請求について

前記認定のことく、一審被告は庄野直隆、同八重の長女として生れ、東京女子大学を卒業後、一時就職して一審原告と結婚したものであるが、前叙のような一審原告の愛情に欠け人格をべつ視した粗暴な行為によつて、その間長女マリまで儲けながら、遂に本件離婚を余儀なくされたこと、右一審原告の侮べつ的な言動、暴力行為それ自体による苦痛もさることながら、一審被告がこのような経緯の離婚によつて甚大な精神的苦痛を味つたであろうことは、察するに難くない。

そしてさきに認定したような当事者双方の家庭の事情、同棲期間、本件離婚に至つた経緯、別居後の双方の生活状況等、諸般の事情に、加えて夫婦共同の生活を営む一員として一審被告自身にも責めらるべき点がないでもないことを考慮するならば、一審被告の右苦痛に対する慰藉料としては金四〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

四  財産分与の請求について

およそ、財産分与の請求については、夫婦共同生活による財産関係の清算とともに、離婚に基因する損害賠償および離婚後の扶養を含めて考慮すべきものと解されるが、本件においては一審被告が別途損害賠償の請求をなし、その点すでに判断したのでこれを除外し、また一審被告が現に中学校教諭としてかなりの収入を得、生活の安定を得ていること前述のとおりであるから、離婚後の扶養の問題についても特段の考慮を払う必要がないこととなる。

そして、前掲一審原告および一審被告各本人尋問の結果によれば一審被告は昭和三三年一一月一審原告と同棲生活を始め同三六年五月実家に戻るまで約二九ケ月間、さして豊かでない一審原告の収入に、自己の持参金の一部、更にはその母からの援助を加えて、節約に努め家計を維持して来たこと、そのため格別これと目すべき資産を残したわけではないが、その間一審原告の洋服、ミシン、敷物、その他洗濯機、掃除機等の電気器具、時価合計一六〇、〇〇〇円程度のものを購入し、また前述のように一審原告契約の保険に少くとも金三八、〇〇〇円位の保険料を納入していることが窺われるので、諸般の事情も斟酌し、一審原告は一審被告に対し財産分与として少くとも金一〇〇、〇〇〇円を支払うべきものと認める。

五  婚姻費用の分担、扶養料の請求について

一審被告はそのほか婚姻費用の分担ないしは扶養料の支払を訴求しているが、これ等がもともと家庭裁判所の審判事項(家事審判法第九条乙類三号および八号)に属し、通常裁判所の判決手続に服しないことはいうまでもない。もつとも、家庭裁判所の審判事項ではあつても、裁判上の離婚に伴う場合には親権者の指定、子の監護および財産分与については、普通裁判所が必要な処分をなし得るものとされているが、これは民法第八一九条または人事訴訟手続法第一五条に明文の規定が存するからである。そして、右の事項はいずれも離婚に必然的に付随し、判断の対象も離婚原因の判断と密接不可分の関係にある。とすれば、右の規定はその趣旨で制限的に解すべきであつて、婚姻費用の分担、扶養料の請求のごとく、離婚の裁判と同時に判断を受けることが便宜ではあつても、離婚と関係なく問題が発生し、判断の対象も一致しないようなものまで、これを拡張することは許されないといわなければならない。そこで、一審被告の反訴請求中この点に関する部分は不適法である。

第三、結論

以上の次第であるから、一審被告の本訴請求はいずれも失当として棄却すべきものであり、一審被告の反訴請求は、一審原告との離婚、慰藉料として金四〇〇、〇〇〇円とこれに対する反訴状送達の翌日である昭和三七年一一月二〇日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払、財産分与として金一〇〇、〇〇〇円の支払を求める限度において正当として認容しなお一審原告と一審被告間の長女マリの親権者を一審被告と定め、また婚姻費用の分担、扶養料の支払を求める部分は不適法であるから却下し、その余の部分は失当として棄却すべきものである。

よつて、一部これと結論を異にする原判決を変更することとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九二条を適用し、なお仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

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